猫車通信

糸魚川翡翠と稀少石のお店「猫車(nekoguruma)」by Jewellery Studio Ijeluna

糸魚川ヒスイ原石というタイトルの雑談になってもうてるじゃん・・・

糸魚川ヒスイ原石

 

さて、ちょっと前から何気に書いていたのであるが、お気に入りのデジカメが壊れてしもうたのである、その使い易さからモデルチェンジを繰り返す度に買い替えて4代目、もう4台目であったのであるが、この機種は既に廃番、いや、廃番ちゅ~よりもメーカーがデジカメ事業から撤退した・・・んじゃなかったかなぁ~って気がしなくもないが違ったっけ?

 

ま、ちゅ~ような感じで現在、Made in Japan、実際にはアッセンブル的な感じで海外生産だったりしとるものの、そうした様々な企業努力をして世界に名を知らしめた多くの国内メーカーやブランドが落日、斜陽、どむどむと衰退、消滅している状況に哀愁を感じちゃいますが、ま、しゃ~ない、そうはいっても現実問題としてデジカメを買わなければならぬ、お陰で商品撮影ができず、もぎたて、フレッシュな感じが出せぬ、出せてないのである、これは何気に大問題、死活問題である。

 

そのような訳でデジカメを買おうと思ったのであるが、そうしてみるとあら、不思議、何故かしら、ちっとも欲しい気にならぬ、欲しいとは思わず、その必要性は重要、とても明らかであるにも関わらず、必要性は皆無、まったく必要としない、もう持っているし、ちゃんと動いている腕時計をそぞろ欲しくなってしまい、そうするともうデジカメに対する購買意欲なんて完全に失ってしまい、日々、左手の腕時計を眺めながらネットでも腕時計を眺めており、これはいかん、これではいけねぇ~、こりゃあかん、ダメじゃん。

 

しかしながら、心が傾いた、動いてしまった、気持ちが持ってかれちゃった以上、デジカメ、必要性は高く重要、早く買わなければならぬと思いながらも気持ちは上滑り、やっぱり、ちっとも買う気持ちが湧かない、胸、躍らないので、無駄遣いって訳でもなく、かと言って重要性、必要性が高い訳でもなく、それでいてデジカメも腕時計も買う事ができる可能性を秘めているという訳で株を買った、そうして改めて感じたのが国産メーカーの衰退振りである。

 

その証拠、証左として、1ヶ月程の間に元金の40%が消失、ま、北朝鮮のミサイルとか国際情勢もあった訳ですが、あわよくばデジカメも腕時計も買おう、買えるんじゃないかという欲、こうした不純な動機、純粋無垢な汚れのない気持ちが足りんかった、何やってんだ、あたし?どういう風に考えるとそういう結論になるんだ?

 

そうして反省、心を入れ替え、デジカメとか腕時計とかといった雑念を捨て、清らかな空気、透明感のある水、在るがままの自然のような心、曇りなき眼で以って損切り、ま、その損切額でデジカメも腕時計も買えたのであるが、もう問題はそこではない、そのような問題ではないような気持ち、気分、気がしちゃって、マジ、何やってんだ、あたし?とか思いながら銘柄も入れ替えた。

 

ちゅ~ような感じで現在、損益をカバーし、プラ転したので放置、心、静かにして、無欲、何にも欲しいものがない、そういう境地に達してしまっており、それはそれでい~んだけど、う~ん・・・デジカメが壊れていると仕事になんねぇ~なぁ~って一日一度は思ったりしている次第。

 

しゃ~ないので、デジカメを買おう、必要だもん、ちゅ~か、ないと困るもんなぁ~って感じでデジカメを買おうと思っているのであるが、どうにも心が動かない、何故かしら腕時計が欲しいな、それにしても何だね、国産メーカーは衰退の一途を辿るっておる、アプリだの課金だの実体のないものを扱う企業の方が価値があるのか?

 

ちゅ~感じで、あたしは何が欲しいのだろう、何が必要なのだろう、何やってんだ、あたし?って気持ち、気分、気がする輪廻、リフレインがエンドレス、きっとい~意味で欲とか欲望ってのは必要なんだろうなぁ・・・とか思うなりけり。

 

ま、ちゅ~ても欲しいものはない、だから、ちみの愛をちょ~だい。

 

 

糸魚川ヒスイ原石

 

前回の記事で「トーゴ・ストーン」ちゅ~ものを紹介、そん時も同じように思ったっちゅ~か感じたんだけど、どんなものも新品感ちゅ~の?

 

ピカピカしててキラキラしててキズひとつなく作り立てみたいな状態、そういう刹那の美しさ、次の瞬間、使い始めた瞬間から失われてしまうやもしれぬ儚さにも似た魅力ってのは確かにある。

 

精密な感じ、緻密な感じ、技術の粋を集めた結晶、人ちゅ~のが人であるが故に誕生し、洗練され続けてきた何か、その何かに宿る価値みたいなんも素晴らしい、すげぇ~ね、すごいこったね。

 

でも、でもね、だからこそかもしらん、その辺の微妙な感じは正確には分からんけど、人の手、技術の発展、完成度の高さだけでは感じられぬ素晴らしさちゅ~か魅力ってのもあってさ、そんで以って使い込んで馴染んでいく感じとか風合い、そうした中で愛着が深まるっていうか、時間の経過によって生まれる良さちゅ~のもあるじゃん?

 

その拙さだったり、自然美だったり、存在感だったり、技術至高主義ちゃうねん、そんな理屈は必要ないねん、もっと原始的な感覚みたいな部分、ひだひだの心で魅力を感じてまう、その在るがままの佇まいの中だけに宿る美しさ、神秘性ちゅ~のも否む事ができぬ、否!って言えない、つまり、それも良しと素直に受け入れる事、そうする事を認めちゃった瞬間、技術だけじゃダメなんだよなぁ・・・って思ってまう、じゃ、技術じゃなく何が重要なん?

 

糸魚川ヒスイ原石

 

ちゅ~ような事を考えると無力感、絶望感、虚無感、指先の骨格が変わる程に努力、長い歳月と膨大なエネルギーを費やして到達した、そこはまだ頂きではない、まだまだ先がある、もっと先に進まないと見えない景色、領域、世界がある、そんくらい分かっておる、分かってはおるけど、それは対極、今この瞬間に感じちゃった、認めちゃった技術とは違った美しさ、感動とは違う、ちゃうねん、それとはちゃう美の姿やねん。

 

だから理由が必要、何でもいい、後付けでも構わない、誰が何と言おうと思おうと関係ない、続ける為には何かしらの欲がないといけねぇ~ちゅ~か、ま、ともかくだね、脱力はしてても心はある、志みたいなもんがある系、じゃないと今この瞬間にも自然が育んでいたり、時間に浸食されたりしている美しいもの、素晴らしいもの、そんな何かの前に単に便利っすね、これ。

 

ちゅ~ような程度の事になってまうんだけど、ま、それでもいっかな、とか思ってまうんだからしゃ~ない、ちゅ~ように思ってまうシリーズ第二弾、海中採取の糸魚川ヒスイの原石っす。

 

糸魚川ヒスイ原石

 

力強さを感じる黒緑混色タイプのずっしりと重し、それでいて見る角度によっては靴みたいに見えるじゃん・・・ってな軽い感じの愛らしさ、この窪んだところに洞穴みたいなんを穿って、そこで焚火とかして暮らす、ちゅ~か、こんな感じの島があったとしたら、この窪んだところ、この平っぽい部分が重要なポイントなんだろうなぁ・・・とか想像したら何だか楽しい気持ち、気分になってまう、あたしゃ~子供か?

 

ちょっと最近、あんま寝てない、集中力を必要とする事が続いていた、お疲れさん的な感じで文章がラフ、完全に無軌道な感じになっちゃってますが、それだけじゃないっすよ、最近ね、ずっと目を掛けていた若いもんがおるんだけど、そん子の技術が向上する様、才能が開花する様、感性が花開く様を見てもうたもんで、ちょっと黄昏てんっす。

 

みたいな感じ、ちゅ~ような感じで、このブログ、あんま出来が良くない、ちっとも思うような事を思うような感じで書けてねぇ~から、きっと消しちゃう、多分、削除しちゃうんじゃないかなぁ・・・

 

ち~ゆ~。

 

 

ΦωΦ

 

 

ちゃんとしたブログを書けよ。

ΘεΘ

 

・・・

ΦωΦ

 

ちゅ~かさ、デジカメ買えよ。

ΘεΘ

 

・・・

ΦωΦ

 

スルーっすか?

ΘεΘ

 

・・・

ΦωΦ